今日はかなり挑発的なタイトルで攻めてみました。
私の言葉ではありませんよ。汗
経営コンサルタントで起業家の大前研一氏(80歳)が上場企業である(株)ビジネスブレイクスルーの会長を退任された際の記者会見でのこと。
日本の教育について問われた大前氏は次のようにおっしゃったそうです。
文科省が大きながんになっています。
21世紀というのは、「答えを教える」という教育を抜本的に見直して、「答えを見つける、答えを考える」、そういう風な教育に変えなきゃいけない。
答えのない時代に子供たちを守ろうと思ったら、0から1を考えるとか、クラスでディスカッションしながら答えを見つけていくとか」
大前氏はこのように日本の教育システムの問題点を指摘しました。
私自身は、個人のレベルでも、“教えれば教えるほど生徒は多くを学ぶものだ”と信じ込んでいる人が多いように思います。
でも「教えたこと=生徒が学んだこと」にはなりませんよね。
多くを教えても学びが少ないこともあれば、少なく教えても学びが多いこともあります。それは、家庭の教育やビジネスの部下指導でも同じこと。
今日は“教えることのリスク”について、一緒に考えてみましょう。
リスクの前に、まずは教えることのメリットを3つ挙げてみますね。
(1) 効率的な解答方法を伝えやすい
これは、生徒にとっては楽に学べることにもなります。
(2) 限られた範囲のペーパーテストなら短期間で成果を出しやすい
「これ、テストに出るぞー。アンダーライン引いとけ~!」ってやつです。先生にとっては生徒に感謝されるというメリットもあります。
(3) 指導が楽
教えたがりの先生が多いのは、実はコレが一番の理由ではないでしょうか。
計画した内容を計画通りに伝える。これは「いかに深く考えさせるか?」を重視するよりはるかに簡単です。「教えた」という自己満足も得やすいですね。
では逆に、教えることにはどんなリスクが潜んでいるのでしょうか?
実は、メリットと表裏一体の関係にあります。
(1) 考えなくてよくなってしまう
”効率重視”とは、そういうことです。何となく分かった気にもなれますしね。
(2) 長期的な成長の芽を摘み取る
”短期的成果”の追いかけ過ぎが長期的成長を阻害することは、多くの研究によって明らかになっています。手段の目的化も起こりやすくなります。
(3) 根本や本質が学びにくくなる
教えるときは、主に言葉で教えますよね。実は、ものごとは言語化した瞬間に必ず情報が劣化します。分かりやすい説明というのは、よけいな情報がないから分かりやすい訳です。
でも、削除された情報の中に、本質理解に必要な内容が多く含まれていたりします。
分かったと思うとそれ以上考えなくなるので、教えるという行為は”学びの深さ”というベクトルで測ると、とても非効率的な指導法と言えそうです。
※このことに興味のある方は、「上達論」/甲野善紀・方条遼雨(php)という書籍がおススメです。目から鱗がぽろぽろ~の良書です。
と、ここまでいろいろと話して来ましたが、結局のところ、なぜ私が教え込む教育に警鐘を鳴らしたくなるかというと、
“教えてもらう癖がつくと、学びのほんとうの楽しさが分からなくなるから”です。
これが一番勿体ない!!!
苦手克服の第一歩とか未知な領域への挑戦とか、そういう場合はうまく教えることも大事だと思いますが、その一方で教え込みが学ぶ楽しさを奪う行為にもなり得るということを、胸に刻んで生徒たちと接していきたいですね。 (文:大原)