今日は、あんまり人に話したことがないことを書こうと思います。
なぜ話してこなかったのかというと、心の裏の意図を明かすみたいで、後でやりづらくなりそうな気がして…笑
でも今日の視点は、場づくりだけでなく、子育てなどにも役立つと思います。
ではでは。
2月末に行った第6回対話会でのこと。
私はふとした思いつきで、会の始めに「今日は発言を促す指名をしない」という宣言をしました。
場を円滑に回すためのファシリ役が「~さんはどう思う?」という働きかけをしないってどうなのよ?と思われる方もいるかもしれませんね。
でも私は、これもファシリテーションのひとつのスタイルで、特に「学び合い」の場ではとても重要な要素だと思っています。
もちろん、ある意図を持って言った言葉でした。
その意図とは、会の中の関係性システムをつくり直すこと。
ファシリテーター役がいる会議などで最初にできる参加者の心構えは「この場で勝手に発言してはいけない。促されたときに適切に発言する」というものです。
これはこれで、とても大事。
特に決め事をまとめるような場面では、勝手に話す人がいると纏まるものも纏まりません。
でも『対話のチカラの会』は、それぞれが感じたことを分かち合い、新しい解釈を生み出す対話の場です。
素晴らしい気づきが言葉にされずに埋没する損失を考えたら、遠慮は不要どころか害悪とすら言えます。
では、話し合いの場でその遠慮を作り出しているのは誰でしょうか?
そうです、その場を取り仕切っているファシリ役の人(=私)です。( ´艸`)
私がうまくやれているかどうかは置いといて、
ファシリがうまく回せば回すほど、参加者が自律的に話す機会を奪っているということにもなるのです。
そしてその場には「指名されたら話す」という暗黙の関係性システムが構築されていきます。
対話のチカラの会はすでに5回を数え、参加者同士の関係もとてもよいと感じていたのでそろそろ自律性重視の対話にシフトしていってもよいのではないか?
-私はそう考えたわけです。
参加者にとってみれば、話したいときは自分から声を発する姿勢が求められるので、責任感が少し増すようなインパクトがあるかもしれません。
また、話す言葉で関係性のシステムができるのは、子育てなんかでも同じです。
例えば子どもが何かをしでかしたときにガミガミ叱りつけたとしましょう。
それを繰り返すと、子どもと親の間には次のようなシステムが構築されます。
(親の意識)
この子に、悪かったと認めて謝ってほしい。そして「次からはもうしません」と言わせたい。
(子の意識)
こういうときは、親の気が収まるまで口答えはしない方がよい。
本当は何に怒っているのかよく分からないけど、とにかくごめんなさいと言うのが身のためだ。
多くの場合、ガミガミで出来上がるのは「親が怒り、子が謝る」ことを繰り返す関係性のシステムです。
子ども自身が腹の底で理解していないのですから、同じことが繰り返されるのは火を見るよりも明らか。
きっとまた次も「何度言ったら分かるのーーー!」という会話になるでしょう。
そしてそのガミガミが、システムをさらに強化していく・・・
まあこんな感じで、ありとあらゆるところで関係性システムは言葉によってつくられています。
あなたの言葉は、誰に対し、どのようなシステムをつくっていますか?
(文:大原)